事故の真相を解く鍵は、生存者の手記とコックピット内のボイスレコーダーにある。


事故ではなく犯罪を隠蔽する陰謀

JAL123便の陰謀説は、北陸大学(私立)職員の池田昌昭氏の説が中心となっているようです。

○JAL123便の垂直尾翼を破壊したのはミサイルだ。
○JAL123便は、自衛隊機からの空対空ミサイルで撃墜された。
○墜落後に、墜落現場に入った自衛隊員は、ミサイルの残骸を回収していた。


池田昌昭氏は、「JAL123便事件は完全犯罪だった」とこれを事件と断定して、事故を分析し、仕組まれた事件、つまり、陰謀であると断定しているます。

しかし、私は、垂直尾翼を失ったJAL123便は、自衛隊機の指揮下、乗員と乗客を助けるために、山腹への胴体着陸を試みていたと事故を分析しています。

横田基地への着陸を断念したのは機体を制御出来ない状況、滑走路外での墜落による二次被害を防ぐためで、JAL123便の機長も同意していたと考えます。

そして、山腹への着陸を決行。そして、多数の乗客が生存していた。

この後の不可解な捜索活動は、「死人にくちなし」と事故の隠蔽を図ったのは事実であり、それが垂直尾翼の破壊と関連するという分析は私もそう思います。

しかし、墜落直前に自衛隊機のミサイルで撃ち落されたとか、事故直後からミサイルの残骸を回収していたとか、自衛隊を悪魔のように書き立てる陰謀論には非常に違和感を感じます。

いや、その違和感が、それまで全く関心のなかったこの事件に関わるきっかけとなりました。

共有するべき重要な事実は、JAL123便は自衛隊機の指揮下、懸命な操舵をして、その結果が多数の乗客が生存できたという事実です。ここをきちんと理解してから、その後の事故の隠蔽を批判しないといけません。そうでないと、池田昌昭氏の目論みどうりに、事故が事件となり、真相の闇はさらに深く闇に沈んでいきます。

JAL123便の墜落事故は、事故であり事件ではありません。墜落後の救助が、不作為による無責任という官僚らの顕著な犯罪行動の典型です。まず、彼らの不作為という犯罪を立証して、責任の所在を明らかにするべきです。

陰謀 求める結果を求めて策を計略すること。
隠蔽 結果から生まれる責任を回避するために、事実。もしくは事象を覆い隠すこと。
事故 思いがけず生じた悪い出来事

「事故」の「結果」を「隠蔽」する作業は「陰謀」とは言わない。
求める結果を導くために事象を「隠蔽」し、事象を捏造することを「陰謀」という。


垂直尾翼を破損させたのは、事故当日の海上自衛隊の演習中の事故であるのは間違いがないでしょう。しかし、それは、事故でありミスです。JAL123便は自衛隊機の献身的な援護を受けていました。事故の隠蔽をしたのは自衛隊幹部であり中曽根内閣など政治家らです。

彼らの無責任を成立させるために、事故は隠蔽されたのです。無責任を成立するために不作為による「死人にくちなし」を図られたのです。動機は単純です。

繰り替えしますが、JAL123便の墜落事故は事件ではあく事故です。その後の救助活動が不作為という犯罪であり、それを立証するのが無くなられた遺族や自衛官への供養となります。そして、日本人は、その犯罪の動機を解明することが求められています。

犯罪を陰謀にすり替えるのは犯罪者の陰謀です。